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室内を仕切る金襴の几帳。

室内を仕切る金襴の几帳。

 

違い棚に置かれた高価そうな調度品の数々。

 

上座の背面を飾る、華やかな七彩箔の菖蒲柄屏風。

 

そして次の間の衣桁(いこう)にかけられた綸子の小袖たち。

 

ちょっと休息を取るだけの部屋にしては、あまりも雅やか過ぎて

 

「…ここを…まことにお方様が、私に使うようにと?」

 

類は思わず振り返って、怪訝そうに千代山を見据えた。

 

 

「されど私は、一日だけ招かれた客人に過ぎませぬのに、これではまるで……」

 

いっそ今日からここで暮らしてくれと言わんばかりである。

 

「お気になされますな。あなた様に対する、お方様のお気遣いの表れにございます」

 

千代山は優しく微笑みかけると

 

「ささ、立ち話もなんでございます故、どうぞ上座の茵(しとね)の方へ」

 

部屋の正面に手を差し伸べながら、着座を促した。

 

勝手が分からない類は、言われた通りに動く他なく、上座の茵の上に黙って腰を下ろした。

 

千代山もすかさず下座に控えると、端然と手をつかえ、緩やかに一礼を垂れた。

 

「類様──。まずは道中ご無事にてお着きのこと、心よりお慶び申し上げます」

 

「……」

 

「本日一日、私と、これに控えおります者たちが、類様のお世話に当たりまする故、何なりとお申し付け下さいませ」

 

千代山の背後に控える数名の腰元たちが、素早く平伏の姿勢を取った。

 

思っていた以上の賑々しい扱いに、類はただただ当惑するばかりである。

 

「お方様とのご対面は九つ半刻(13時頃)にございます。それまではこちらのお部屋で、ゆるりとお寛(くつろ)ぎあそばされませ」

 

「今すぐには、おめもじ出来ないのですか?」

 

「お方様はこれよりご昼食にございます。 それにご対面に当たりましては、お召し替え、化粧直しなど、お方様にも色々とご準備がありますでしょうし」

 

「……左様にございますか」

 

「よろしければ類様にも、お食事か、化粧直しの御道具などをお持ち致しましょうか?」

 

「い、いえ、結構にございます」

 

類は慌てて首を左右に振ると

 

「それよりも、本日…信長様は?」

 

遠慮がちに千代山に伺った。

「殿にございましたら、ご側近の方々を引き連れて織田家の鷹狩り場に出向いておられます。

いつも通りならば、暮れ六つには戻って参られるかと」

 

「信長様は、本日私が城に参ることを、存じておられるのですよね?」

 

「……かと思いますが」

 

「“かと思う”とは、どういう意味です?」

 

「あなた様が、お方様のお招きによって城へ参られる旨は、当然の如く、殿も存じ及ぶところにございます。

 

されど、お方様のご懇願により、類様のご登城に関する一切はお方様にご一任されておりまする。

 

故に、お方様がしかとお伝え申し上げていれば、殿も存じておられるやも知れませぬし、またはその逆も…無論あり得るやも知れませぬ」

 

まるで他人事のように語る千代山を見て、類は愕然となった。

 

 

緊張と不安しかない此度の濃姫との対面。

 

それを受け入れたのは、自身の決断と、姫の心の憂いを少しでも晴らしたいという使命感にも似た思いからであったが、

 

第一に、同じ城の中に信長という最大の味方がいてくれる、そんな言い様のない安心感が存在していたからである。

 

しかしその信長が不在となると、いざという時にも対処が出来ない…。

 

類は、強固な砦を失った武将のような心持ちであった。

 

 

暗澹(あんたん)と俯く類の前で、千代山はその面差しに強気な笑みを湛えた。

 

「類様」

 

「……」

 

「もしよろしければ、城の庭をご案内致しましょうか?」

 

「…庭…?」

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